大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和39年(ラ)214号 決定

抗告人 重正商事株式会社 外二名

相手方 株式会社袴田商店

主文

原決定を取消す。

理由

抗告人らは主文同旨の裁判を求め、その申立の理由は別紙記載のとおりである。

本件抗告の要旨は、「本件は詐害行為取消の訴であつて、横浜地方裁判所の管轄に属するところ、原裁判所が詐欺行為取消の訴における義務履行地の解釈を誤り、本件訴を静岡地方裁判所沼津支部に移送する旨の決定をしたのは違法である。」というのである。

よつて按ずるに、こゝで問題とされるのは、民事訴訟法第五条の適用にあたり詐害行為取消の訴の義務履行地とは、取消の目的たる法律行為についての義務履行地をいうのか、それとも取消によつて形成さるべき法律干係についての義務履行地(取消と同時に物の返還を求めるときはその返還義務の履行地)をいうのか、ということである。しかして前者は、契約を前提とする請求には、統一的に本来の契約上の債務の履行地に裁判籍を認めるのが当事者にとつて公平である、という考え方に通ずるものであり、後者は、本来の契約上の債務はともかくとして、現在形成さるべき法律干係に着目するのがより合理的である、とするものである。

ところで詐害行為取消の訴にあつては、債権者は債務者の詐害行為の取消のみを求める場合と、その取消と共に受益者又は転得者から責任財産の取戻を求める場合とがありうるが、後者にあつては、債権者の究極の目的は、詐害行為の取消そのものというよりは、逸脱した責任財産の取戻にあると解せられ、かゝる観点に立脚する限り後者の訴の義務履行地とは、取消によつて形成さるべき法律干係についての義務履行地を意味すると考えるのが相当である。そしてこのことは、契約上の債務不履行によつて、本来の債務履行請求が損害賠償請求にかわつた場合に、損害賠償自体の履行地に裁判籍を肯定する考え方(大判昭一一・一一・八集第一五巻二、一四九頁参照)とも軌を一にするものというべきである。

本訴は抗告人ら三名が原告となり相手方株式会社袴田商店を被告として訴外株式会社義沢和夫商店が被告会社にアロン波板一〇、〇〇〇枚を売渡した行為を以て詐害行為であるとしその取消を求めると共に被告会社に対し右波板の返還に代る金員の支払を求めるものであることは記録に徴し明らかであるから、本訴については民事訴訟法第五条により右金員支払義務の履行地の裁判所に管轄権があるものと解するのが相当である。そして、右金員支払義務の履行地は債権者である抗告人(原告)らの各住所地である(民法第四八四条後段)というべく、本訴は抗告人ら三名を共同原告とする訴であるから民事訴訟法第二一条によりそのうちの一人である抗告人重正商事株式会社の主たる事務所の所在地である横浜市を管轄する横浜地方裁判所にはその管轄権があるものといわなければならない。

よつて本件訴が横浜地方裁判所の管轄に属さず、静岡地方裁判所沼津支部の管轄に属するものとして、静岡地方裁判所沼津支部に移送すべきものとした原決定は失当というの外はない。よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 岸上康夫 室伏壮一郎 斎藤次郎)

別紙 申立の理由

債権者取消権は、破産法上の否認権(破七二条以下)と同じく、債務者が債権の共同担保が不足することを知りつゝ財産減少行為をした場合に、その行為の効力を否認して、債権の共同担保を回復することを目的とするものであつて、実際上も破産外における否認権として重要な機能を果している。

さらにその性質についてみれば債権者取消権は、破産法上の否認権と同性質の権利であり、判例によれば債権者は詐害行為の取消とともに逸脱した責任財産の取戻を請求できる権利といわれている。言い換えれば債務者が債権者を害することを知つてなしたる法律行為による受益者または転得者の利益返還義務の発生を目的とする請求権であるといえるものであるから、詐害行為取消の訴の義務履行地は、取消されるべき法律行為についての義務履行地ではなくして、形成さるべき法律関係についての義務履行地換言すれば形成により発生する受益者または転得者の返還義務履行地というべきものである(同旨菊井・村松・民事訴訟法-三九頁、中島・日本民訴一一四頁、松岡新民訴註釈四三頁、なお昭六・三・二四大阪地判、評論二〇巻民訴三七〇頁参照)。

また、かく解することは民事訴訟法第五条の義務履行地に関し、本来の債務不履行によつて損害賠償債務に変つた場合に、大審院の判例が損害賠償自体の履行地と解している(前掲菊井・村松三九頁参照)こととも軌を一つにするものである。

従つて、本件についてみれば、本件訴の相手方(被告)の義務履行地は債権者である申立人ら(原告ら)の住所地である(民四八四条)から民事訴訟法第五条により(申立人(原告)重正商事株式会社の関係においては民訴二一条により)

にも拘らず、原決定が詐害行為取消の訴の義務履行地についての解釈を誤りひいては民事訴訟法第五条の管轄裁判所を誤り、本件訴を静岡地方裁判所沼津支部に移送したのは違法であるのでこゝに即時抗告に及んだ次第です。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例